久木原のあるものしらべ5

ウマクラこれはですね、ウマの背中にのせるクラです。両方に荷物ばきびりつけてですねはこばせよったとです。これは誰がまねすっですか?誰もせん?いたかけんね。今はどこでん自動車でいかるっですばってん、昔はどこさんでん歩いていかなやいかんやったつです。トラックもなかったけんですね、荷物はこげんやって、ウマやウシのせなかにいいつけてはこびょったつです。文句もいわんけん、えらかですたい。「何キロぐらいはこべますか?」そーね~相当重くても運びきります。何キロかはわからんです。ウマやウシがこげんして荷物ばはこびょっでしょうが、人間も背中に背負うていきょったつですよ。そげんせにゃたくさん運べんやったつです。たくさん運んだしこお金にもなりょったつです。

これはイシテボ前にも言うたかもしれまっせんが、金山とかで石ばはこびだすときのてぼです。かごともいいますが。背負いてぼです。下の方がせまく、三角になっとるけん傾けたときに、こぼしやすくなっとるとです。ここらへんにも銅山がいくつもありました。あそこにも。あそこにも、あそこにも。だりか背負うてみらんね?いや?なして?はずかしい?何がはずかしかろね?ほら!ほら!ん?ホコリがしとる?あら!ほんなこて、よーとしたつもりやったばってん。!ん~ならよかたい。次はどりにするかの?

久木原のあるものしらべ4

めご1「これはですね、みなさんのおとうさん、いやおじいさん達が小さい時につかわれていたものです。『めご』といいます。これにですね、荷物をいれてヒモをかけてこのしょい棒でいのうでどこまででもいきょりました。正確には角めごといいます。横に名前が書いてあります。自分の荷物がわかるようにマークや名前をいれとっとです。このような竹細工をする職人さんもいっぱい当時はおらしゃったです。お茶を摘むときの大きなてぼは「まるめご」といいます。何でも昔は自分のところでつくることができよったとです。そう考えると、昔の人がいろいろなことで不便、今のみなさんがとても便利な世の中に住んでいますが、昔の人はとても器用でした。みなさんも練習すれば器用になります。自分でやってみることが大事ではないでしょうか?めご2

ちょっとポーズをとってまねしてくれたのは祐貴君です。                              文福談 私は。お茶摘み時期はよくこのしょい棒(いない棒)で丸めごにいれた茶葉を山の上から下まで坂道を降りたことを思い出す。昔の茶畑は山の中腹にあり,道路のかかりの悪いところでした。茶摘のスピードが遅い小学生の私は約百mの高低さの急斜面を、お茶をいのうて上り降りるのが役目でした。毎回同じ場所を踏んで通ることが転ばないコツです。何回もやりたくないので、たくさん詰め込んで山をくだり、途中滑って、丸めごをひっくりかえしてしまった思い出が何度もあります。そのときは上の方だけ拾い上げ泥のついているところなどはそのままにして、踏んづけてわからなくしていました。

久木原のあるものしらべ3

たて看板はなわ今日の写真はこの板の看板です。(はなわ)と山口さんは言われましたが、送るときに使ったものだそうです。日露戦争の時に山口さんのじいちゃんが出征されたときのものです。表面には祝野戦砲兵第拾弐聯隊山口九蔵君とかいてあります。 日露戦争は1904-1905年明治37年-38年の出来事です。100年も前の(看板)が大事にとってあるのにビックリしました。やはり家族の歴史ですから大切ですね。下のほうに送る人の名前が書いてあったそうです。こういう看板がいくつも下がっていたというお話でした。大きさは智一君が横に立ってくれました。12歳です。戦争のない時代に生まれて本当によかったですね。子どもたて看板はなわ2達の感想に「なんで戦争を喜ぶのに看板をつかうのだろう?」という文がありました。私達は戦争をする、しないとか、軍隊を持つ、持たないとか、合憲である、ないとかそんなことばかりでもめていますが、子ども達は「戦争はよくない」とはっきりとした理由で見ています。争う理由以前に戻れば平和はすぐにやってきます。

久木原のあるものしらべ2

いとぐるま1山口さんの家で見せてもらったものは糸車でした。糸を撚る(よ)るためのもので手前の取っ手を廻しながら使うそうです。毛糸を撚っていたと思います。明治時代のものではないかと思いますが昭和30年ぐらいまでは使っていたような気がします。昔はどこの家でもこのように自分のところで糸をよっていました。

いとぐるま2このあたりでも蚕を飼っていた家があったらしいので、調査してみると色々道具があるかもしれません。

メモ係りは侑宇哉くん、写真班は壮太郎くんに決めます。しっかり取材してください。後の人はよーく見て観察して、質問してください。

あたいが白虎たい。84

たちあげ開始だいたい朝はいつも布団の中におっとです。自分から先に下りていくごたるコツはなかです。寒かけんですね。私が早朝から仕事をするので下に降りてストーブをたきつくっとですよ。そりからパソコンの電源ば入れて、オシッコしにいくとです。そうしたら、いつのまにか、布団のなかにいた「立ち上げ開始!すっばい」とか何とかいいながらちゃーんすわっとるとです。こら、のかんか!おりれ!と命令しても、今一番あたたかかとこは、パソコンやけんですね、おりらんです。他の資料の整理やらしよっともう、朝ごはんですたい。ストーブも効いて朝ごはんを食べ終わるころはもぬくぬくですが、しまいにはねとるとです。立ち上げ完了こら下りれ!パソコン使うぞ!「ふわ~。じっとしとったばい」じっとさせとったつたい。はやくおりらんとひげを左右にこうやってひっぱるぞー「ぶにゅぶにゅぶにゅ」結局いつも抱きかかえておろさにゃんやんか!仕事の邪魔すんな!よ~とおぼえとけ!おれが仕事する時膝の上やら資料のうえにどんじゃごむのはやめろ!居らん隙を見てパソコンにのるのはやめろ!おぼえとけ!!!「おぼえとかんもん」

どんじゃごむとは べたーと座り込むことです。

あたいが白虎たい。83 今年最初

becfbd07.jpg

今年初めてばい。そげんでらんやったかね?」そげんばいでらんたっちゃよかろうもんなんでださんと?なんででらにゃんとかじゃん」なんででちゃいかんと?「でる理由んなかろうもん」でられん訳もなかろうもん「ん・・・・???」「こんパソコンが調子が悪かけんでられんとぜ」 こんパソコンがわるかつね!ビョ~ン!カチャカチャカチャ!「ひゃ~やめてくれ~!のせるけんやめてくれ~!パソコンから降りろ!!!!!」

文福の日々重々仏々神々

a6cbbbbd.jpg

「こんなに忙しい時にせんたっちゃよかやんね」と いわれましても困るんです。子ども達もいそがしいんです。私も忙しいにきまっとるんですが、気晴らしというか、こっちの方が気合が入るというか、育てにゃいかんと思うと、つい乗り乗りになってしまうとです。昨日は久しぶりメンバーが揃いました。一人欠席でしたが我が久木原子ども会は11人ですが、「10年後の久木原をつくる」ということで子ども地元学を始めました。昨年6月のガードレール清掃から色々な取り組みをしながら、ご飯を食べながら、騒ぎながら頑張っています。今回は地区内の山口さん宅にお願いして、昔の道具探検と題して、色々なものを屋根裏で見せていただきました。コタツでおいしい緑茶をいただきながら、ご主人の話の後、外に用意してもらった、道具類を見せてもらっています。子ども達は写真係とメモ係り、質問係り、真似事係などを担当します。詳しくは更新しながら紹介しますが、私は子どもを教えるのは学校で、子どもを育てるのは地域であると思うようになりました。子ども時代に、地域で遊びにしろ、観察にしろ、ひとつの物語を形成できるか出来ないかで、大人になったときに、自分の中で比べる物差しを持っているか、そうでないかの違いが出てくるのだとおもいます。漠然と遊ぶことも必要でしょうが、意識付けて物事を体験する、見る、自分の感想を具体的に述べる、ということが、読み解く力を作るのだと思います。

なお・2月の下旬には山野文福堂のブログを立ち上げますのでそちらも見てください。

 

山野文福のヒソヒソ話61

7c4477dc.jpg

どうも自立神経失調症になったようだ。友達に相談したら、その症状はこれだよと教えてくれたのがこの病気。どこも悪くないんですが、調子は曇り空。こんな時は妙なめぐり合わせばかりで人生が廻っている。この前も登ってくる途中で消火器を拾うた。どこかのトラックから逃げ出したのであろう。その前はセメント20キロ袋を2つも拾うた。これもどこかのトラックから逃げ出したのであろう。袋が破れ道に両方ともこぼれていた。「妙なもんを拾うな」と想いながらゴミ袋に回収して保存しておる。まだ使えるじゃろ。この体の意味するものは何?自分のことしか考えられない愚かな他人をみながら、自分は何だ?偉そうなこといえるのか?と自問自答して、結局、自分もおなじじゃないか?と肩を落す。仕事は山積み状態と思っていたら、実は数珠繋ぎ状態だった。山積みだといつまで経っても終わらない。数珠繋ぎだと片方からやっつければ必ず終わる。人生も一緒じゃなかろうか?

日々重々仏々神々(ひびかさねがさねぶつぶつかみかみ)

                   ゆきのおぼろおおはしこれがテレビん出とったまこと橋ばい。」 突然管直人さんが来たのでびっくりしましたが、テレビはみんな見ているんですね。翌日から来るはずのないお客様がくるくる。「テレビば見てきました。こげなとこにこげなふとか橋のあっちゃ~しらやったですばい」 「ほんなこてだーれんとうりょらんですね」 まだ繋がっていないので地元の人しか通らんですよ。工事中です。「まだ、つながっとらんとの?ん~なら橋ばいったらどこさんいくですか?」通行止めになって集落に上がる道があるだけです。「ちょっと、橋ばみてくったい!あんたたちは役場ん人?」違います。「こげなよことこのあっちゃしらんやった。い~ぺ宣伝せにゃんたい。」お願いします。「夏はすずしかでっしょたい?」はい。3度くらいは違います。たゆやかな会話が続く毎日です。

 

あたいが白虎たい。82 今年最後

化粧前1

12月15日に例祭があり、旗たてがありました。世話役、座元の人、隣組などの方々が集って旗をたてます。「さて、神さんはどうなったかね?」と見にこられましたが、仕上げなど程遠い状態。脚がやっとはまって和紙を貼って乾かしています。

「お正月には神さんは一応楼門に入れといてくれんね。」宮総代からのお達しです。「修理は暇を見ながらせんね。なかなか大変やろう!」 返事はハイといったものの中途半端で納めるには行かず、せめて狛犬だけでも仕上げねば・・・・とあせるばかり。工面しているのは模様のこと、旧模様と一緒にするか新しいパターンするか考えながらの作業です。当時の人はどんな思いでこれをつくっていたのかと考えると不思議と配色が決まってきます。気品高くしよう!こんな思いから淡い模様にすることにしました。

気になるなぁ~

同じようなものが窓辺にいます。よく間違えます。にゃ~も少し感じているものがあるのでしょうか?

帰りたがっている神様の気持ちがわかるのでしょうか?

おんなじやね

修理した脚もバッチです。口の中も赤と橙の2色にしました。問題は眼だなと考えながら背中の模様を入れていきます。透きとおるような狛犬にしたい。淡い緑・黄色・淡いピンク・淡い水色・などで風車のような模様を描いていきます。

 

 

 

気品高く

どうにか完成です。あとは眼をどうするか?

あ~今日は眠れない。