あたいが白虎たい。86

大体、わらべ館のブログなのに中身はのこつとの愚痴ばかりでヨカ常?よんだひとはわら部間な、ど下名とっと子可イナ~ちおもわすばい。「にゃー!やめ弁がおかしかばい!ちゃんと練習せんとみんなにわからんばい。」 あたいは生まれも育ちも八女っ子鯛、あたいが社部りょ留骨は本名もんのやめ弁鯛。「いっちょんわからん!」あんたが返還照覧けんたい!「猫の言葉ば訳するとはむずかしかつぜ!自分のは四手あたいのは線とね!!申し欄!!「にゃー!にゃー!にゃーどこいった?にゃー!出でコイ!えさやるぞ!ちくわやるぞ!」「おおーそこに居ったか?」「おれが悪かった。許してくれ。ちゃんとするけん。竹輪半分ちょうだい!」 だめ!やらん!222

:読んだ人はわらべ館はどうなっているのかな~とおもわれます

わたしがしゃべっているのはほんもののやめべんです

あなたが変換しないからでしょうが?

猫でも竹輪のうまい、まずい、ぐらいはわかる

あたいが白虎たい。85

眠り猫「ただいま~!あっ!また寝とる。にゃ~おきらんか?そこは邪魔バイ!」「スースースー」「ヨカねぇ!毎日寝てばっかしで、なーんもせんで」「チラッ!」「お昼は2階で寝て、夕方になったら降りてきて、ストーブの横で寝て、お母さんが帰ってきたら竹輪もらって、外にオシッコしに行って、薪ストーブがあったまったころに帰ってきて、前で横になって、お風呂の時間になったら真っ先に一番風呂で、お湯をたっぷり飲んで、また横になって、食べ過ぎてゲロ吐いて、思い出したように出て行ってさも、勝ち誇ったような早足でネズミくわえてきて、怒られて、またくわえたまま出て行って、しばらくして帰ってきて、おいしそうにペロペロ口の周りなめまわして、ソファーの上で眠り込んで、みんなが2階に上がるとついて来て毛布でチュッチュッしそうになるけど、追い出されて、深夜こっそり忍び込んで、そのまま、重石のようにさんの上に乗って、眠り込んで。朝になったら、2番目に降りて、ストーブの前で坐ったまま居眠りして、いってきま~すといいながらドアを開けて外に出るといつのまにか外にいて、足すりすりして、車の下にもぐりこんで、エンジンかけると逃げ出して、油断すると、車にいつのまにか乗ってたりして、途中で引き返したりして、帰ってきた時は玄関で出迎えしながら背伸びをしている、本当によく寝るです。きかんかい!ありゃ!おらん!

おらん

久木原のあるものしらべ5

ウマクラこれはですね、ウマの背中にのせるクラです。両方に荷物ばきびりつけてですねはこばせよったとです。これは誰がまねすっですか?誰もせん?いたかけんね。今はどこでん自動車でいかるっですばってん、昔はどこさんでん歩いていかなやいかんやったつです。トラックもなかったけんですね、荷物はこげんやって、ウマやウシのせなかにいいつけてはこびょったつです。文句もいわんけん、えらかですたい。「何キロぐらいはこべますか?」そーね~相当重くても運びきります。何キロかはわからんです。ウマやウシがこげんして荷物ばはこびょっでしょうが、人間も背中に背負うていきょったつですよ。そげんせにゃたくさん運べんやったつです。たくさん運んだしこお金にもなりょったつです。

これはイシテボ前にも言うたかもしれまっせんが、金山とかで石ばはこびだすときのてぼです。かごともいいますが。背負いてぼです。下の方がせまく、三角になっとるけん傾けたときに、こぼしやすくなっとるとです。ここらへんにも銅山がいくつもありました。あそこにも。あそこにも、あそこにも。だりか背負うてみらんね?いや?なして?はずかしい?何がはずかしかろね?ほら!ほら!ん?ホコリがしとる?あら!ほんなこて、よーとしたつもりやったばってん。!ん~ならよかたい。次はどりにするかの?

久木原のあるものしらべ4

めご1「これはですね、みなさんのおとうさん、いやおじいさん達が小さい時につかわれていたものです。『めご』といいます。これにですね、荷物をいれてヒモをかけてこのしょい棒でいのうでどこまででもいきょりました。正確には角めごといいます。横に名前が書いてあります。自分の荷物がわかるようにマークや名前をいれとっとです。このような竹細工をする職人さんもいっぱい当時はおらしゃったです。お茶を摘むときの大きなてぼは「まるめご」といいます。何でも昔は自分のところでつくることができよったとです。そう考えると、昔の人がいろいろなことで不便、今のみなさんがとても便利な世の中に住んでいますが、昔の人はとても器用でした。みなさんも練習すれば器用になります。自分でやってみることが大事ではないでしょうか?めご2

ちょっとポーズをとってまねしてくれたのは祐貴君です。                              文福談 私は。お茶摘み時期はよくこのしょい棒(いない棒)で丸めごにいれた茶葉を山の上から下まで坂道を降りたことを思い出す。昔の茶畑は山の中腹にあり,道路のかかりの悪いところでした。茶摘のスピードが遅い小学生の私は約百mの高低さの急斜面を、お茶をいのうて上り降りるのが役目でした。毎回同じ場所を踏んで通ることが転ばないコツです。何回もやりたくないので、たくさん詰め込んで山をくだり、途中滑って、丸めごをひっくりかえしてしまった思い出が何度もあります。そのときは上の方だけ拾い上げ泥のついているところなどはそのままにして、踏んづけてわからなくしていました。

久木原のあるものしらべ3

たて看板はなわ今日の写真はこの板の看板です。(はなわ)と山口さんは言われましたが、送るときに使ったものだそうです。日露戦争の時に山口さんのじいちゃんが出征されたときのものです。表面には祝野戦砲兵第拾弐聯隊山口九蔵君とかいてあります。 日露戦争は1904-1905年明治37年-38年の出来事です。100年も前の(看板)が大事にとってあるのにビックリしました。やはり家族の歴史ですから大切ですね。下のほうに送る人の名前が書いてあったそうです。こういう看板がいくつも下がっていたというお話でした。大きさは智一君が横に立ってくれました。12歳です。戦争のない時代に生まれて本当によかったですね。子どもたて看板はなわ2達の感想に「なんで戦争を喜ぶのに看板をつかうのだろう?」という文がありました。私達は戦争をする、しないとか、軍隊を持つ、持たないとか、合憲である、ないとかそんなことばかりでもめていますが、子ども達は「戦争はよくない」とはっきりとした理由で見ています。争う理由以前に戻れば平和はすぐにやってきます。

久木原のあるものしらべ2

いとぐるま1山口さんの家で見せてもらったものは糸車でした。糸を撚る(よ)るためのもので手前の取っ手を廻しながら使うそうです。毛糸を撚っていたと思います。明治時代のものではないかと思いますが昭和30年ぐらいまでは使っていたような気がします。昔はどこの家でもこのように自分のところで糸をよっていました。

いとぐるま2このあたりでも蚕を飼っていた家があったらしいので、調査してみると色々道具があるかもしれません。

メモ係りは侑宇哉くん、写真班は壮太郎くんに決めます。しっかり取材してください。後の人はよーく見て観察して、質問してください。

あたいが白虎たい。84

たちあげ開始だいたい朝はいつも布団の中におっとです。自分から先に下りていくごたるコツはなかです。寒かけんですね。私が早朝から仕事をするので下に降りてストーブをたきつくっとですよ。そりからパソコンの電源ば入れて、オシッコしにいくとです。そうしたら、いつのまにか、布団のなかにいた「立ち上げ開始!すっばい」とか何とかいいながらちゃーんすわっとるとです。こら、のかんか!おりれ!と命令しても、今一番あたたかかとこは、パソコンやけんですね、おりらんです。他の資料の整理やらしよっともう、朝ごはんですたい。ストーブも効いて朝ごはんを食べ終わるころはもぬくぬくですが、しまいにはねとるとです。立ち上げ完了こら下りれ!パソコン使うぞ!「ふわ~。じっとしとったばい」じっとさせとったつたい。はやくおりらんとひげを左右にこうやってひっぱるぞー「ぶにゅぶにゅぶにゅ」結局いつも抱きかかえておろさにゃんやんか!仕事の邪魔すんな!よ~とおぼえとけ!おれが仕事する時膝の上やら資料のうえにどんじゃごむのはやめろ!居らん隙を見てパソコンにのるのはやめろ!おぼえとけ!!!「おぼえとかんもん」

どんじゃごむとは べたーと座り込むことです。

あたいが白虎たい。83 今年最初

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今年初めてばい。そげんでらんやったかね?」そげんばいでらんたっちゃよかろうもんなんでださんと?なんででらにゃんとかじゃん」なんででちゃいかんと?「でる理由んなかろうもん」でられん訳もなかろうもん「ん・・・・???」「こんパソコンが調子が悪かけんでられんとぜ」 こんパソコンがわるかつね!ビョ~ン!カチャカチャカチャ!「ひゃ~やめてくれ~!のせるけんやめてくれ~!パソコンから降りろ!!!!!」

文福の日々重々仏々神々

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「こんなに忙しい時にせんたっちゃよかやんね」と いわれましても困るんです。子ども達もいそがしいんです。私も忙しいにきまっとるんですが、気晴らしというか、こっちの方が気合が入るというか、育てにゃいかんと思うと、つい乗り乗りになってしまうとです。昨日は久しぶりメンバーが揃いました。一人欠席でしたが我が久木原子ども会は11人ですが、「10年後の久木原をつくる」ということで子ども地元学を始めました。昨年6月のガードレール清掃から色々な取り組みをしながら、ご飯を食べながら、騒ぎながら頑張っています。今回は地区内の山口さん宅にお願いして、昔の道具探検と題して、色々なものを屋根裏で見せていただきました。コタツでおいしい緑茶をいただきながら、ご主人の話の後、外に用意してもらった、道具類を見せてもらっています。子ども達は写真係とメモ係り、質問係り、真似事係などを担当します。詳しくは更新しながら紹介しますが、私は子どもを教えるのは学校で、子どもを育てるのは地域であると思うようになりました。子ども時代に、地域で遊びにしろ、観察にしろ、ひとつの物語を形成できるか出来ないかで、大人になったときに、自分の中で比べる物差しを持っているか、そうでないかの違いが出てくるのだとおもいます。漠然と遊ぶことも必要でしょうが、意識付けて物事を体験する、見る、自分の感想を具体的に述べる、ということが、読み解く力を作るのだと思います。

なお・2月の下旬には山野文福堂のブログを立ち上げますのでそちらも見てください。

 

山野文福のヒソヒソ話61

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どうも自立神経失調症になったようだ。友達に相談したら、その症状はこれだよと教えてくれたのがこの病気。どこも悪くないんですが、調子は曇り空。こんな時は妙なめぐり合わせばかりで人生が廻っている。この前も登ってくる途中で消火器を拾うた。どこかのトラックから逃げ出したのであろう。その前はセメント20キロ袋を2つも拾うた。これもどこかのトラックから逃げ出したのであろう。袋が破れ道に両方ともこぼれていた。「妙なもんを拾うな」と想いながらゴミ袋に回収して保存しておる。まだ使えるじゃろ。この体の意味するものは何?自分のことしか考えられない愚かな他人をみながら、自分は何だ?偉そうなこといえるのか?と自問自答して、結局、自分もおなじじゃないか?と肩を落す。仕事は山積み状態と思っていたら、実は数珠繋ぎ状態だった。山積みだといつまで経っても終わらない。数珠繋ぎだと片方からやっつければ必ず終わる。人生も一緒じゃなかろうか?