山野文福のヒソヒソ話59

楼門1

上の楼門も改修中です。土台が腐れているので持ち上げて、コンクリートの土台を作るそうです。土台が上がる分だけ、腐れた土台、柱を切るそうです。何と楼門の中には大きな岩がいっぱい入れてありました。台風で飛ばないためだそうです。昔の人はすごいです。

クレーンが来て吊り上げます。瓦が重たいので全部取り除きました。はたして持ち上がるでしょうか?ウンウンいいながらクレーンも頑張っています。土台が地面から離れません。大工さんが右往左往しています。

楼門2

鋸を取り出して柱の下の方を切っています。合図が送られクレーンがうなりだしました。楼門が飛んでいます。90度回転して、無事着地しました。明治13年建立ご苦労さん。

和紙の願い事を申し込まれた皆様には何らかのプレゼントをしようかなと思っています。修理しながら考えていますのでまっててください。申し遅れましたが和紙の願い事は8枚一セットで80円です。

 

 

 

山野文福のヒソヒソ話58

痛くない?

昨日からきれいにふきあげていったので今日はわらべ館に行く前に塗装はがしをすることにした。この阿吽の吽犬だが脚が腐れているので要注意。顔などは和紙を貼ってある。当時はどんな色だったのかわかればいいが、昔から白だったのかな~。金ブラシでこすって塗料をはいでいこう。『痛くない?』と吽犬がつぶやくが

きれいになるけんがまんしとき~。和紙をめくるとなにやら文字が書いてあるどうも明治13年に楼門を新築した時に和紙を貼って色を塗ったようだ。和紙の文字が木版になっているが結構精密だから大昔ではない。どんどん削っていたらお尻のペンキの下から文字が出てきた。 「これだ!」

制作年代真ん中は奉寄だから多分下は進だろう。        左は原口喜??読みきらん。樋口幸七だと思う。  右は年表ひっぱりだして安永四未正月 つまり1775年の制作ということだ。守護の神様が1800年だから25年も狛犬が古いことになった。わたしはてっきり一緒に作ったのだろうと思っていたが、歴史は深い。昔は狛犬しか置いてなかったのかもしれない。うちの家系図では安永時代は甚衛門というじいちゃんの時代になっている。どう見ても甚衛門にはよめない。しかし、近い親族であろう。生きてきた証を実感するのは不思議な気持ちだ。脚は新造したほうがよかろう。楠の木を探しに製材所にいこう確認用

山野文福のヒソヒソ話57

吽こちらが吽の木像です。子どもの時は徳川家康だと思っていました。頭の髪の毛が白いのでそう思うのです。そのように、聞いたようなきがするからです。言い伝えかもしれません。これを奉納した当時の氏子の方達の思いはどうだったのでしょうか?案外、家康と信長との組み合わせを楼門の守護として彫氏に頼んだのかもしれません。ロマンですね。しかし、もっと調べれば大昔の例えばタケノウチノスクネであるとかの可能性もでてきますが・・・・・。 この木像には和紙が貼ってありその上から彩色してあります。私も同じように和紙を貼るつもりですが折角なら願いごとを書いて補修と願掛けをするのがよかろうと思います。ご希望の方は和紙を送りますのでメール:     ふるさとわらべ館
電子メール アドレス :
  info-warabe@joyo-town.jp

に 「和紙の願い事」 とタイトルをつけて送信下さい。参加料金は80円とし切手を1枚同封ということにします。皆様の願い事が叶いますように。苦しみが半分になりますように。心の穢れが澄み切りますように。私も精進します。

なほ、コメントでの応募はご遠慮下さい。

 

山野文福のヒソヒソ話56

阿

我が家に居候中の阿形の番兵さん。子どものころは織田信長だとか豊臣秀吉だとか言っていました。制作時代は寛政14年だったと思うので西暦1804年ぐらいかな?ちょうど200年前の木像になる。僕が子どもの時6才か7才のとき2人のおっちゃんがこの木像を出して塗りなおしているのを覚えています。余りに極彩色に塗りなおされた木像も見て何か神様に悪いことをしているような気分になったことをかすかに覚えています。今回私の家に鎮座しているということは私に清掃・補修・塗装の白羽の矢がたったわけでありまして・・・・それも田舎のおおらかさで・・・・『あんた芸術家やったの~』 『そんならこれば塗りなおしてくれんの~』 みんさん『そりゃえ~!』 できまった次第。ちょっと楼門の改装工事を見に行っただけなのに。外に置かれていた木像を珍しがって見ていただけなのに。きっと塗装の項目などは予算になかったはず。しかし、神様が『お前に頼むぞ』と言ったように聞こえもした。うれしい思いで抱えて帰ってきた。狛犬は2対。1対は室町時代のものと思う。しかし、私のような素人が簡単にやっていいものなのか?この番兵さんをみると『お願い申す』と言っているようにもみえる。・・・・つづく古い狛犬

 

古い狛犬 後から見た処。髪が丸い玉のようになっている、ギリシャ彫刻にも似ているのは不思議だ。

 

 

山野文福のヒソヒソ話55

ゆう子どもが3歳ぐらいの時だったろうと思います。言葉をしゃべり出して片言の単語を口にしている冬のある日のことです。毎月月初の休みの日には上の神社に登ってお参りをしていました。子どもは歩いて階段を上るのは無理なので袋に入れてちょうど蓑虫のように顔だけ出させて脇にかかえて400段余りを登っていました。その日は靴を脱ぎ本殿に上がり子どもを下ろして袋から出し御供物を取り出して神前の棚にならべていた時でした。私の右後にいて板壁にちょうど写真のように片手をついている子どもが突然低いうなり声のような野太い大きな声を出してこう言ったのです。『 カ ミ ヨ ノ 』 私は驚きで腰を抜かして後ずさりをしたように思います。私には 【神代の】という風に聞こえました。とても子どもが冗談や脅かしで喋っているような雰囲気ではなかったのでこのあと何を喋るのかと沈黙の状態となりましたが、子どもは普通に戻りその後の言葉を聞くことはありませんでした。子どもは神様に近いというのは本当だなと帰りの階段を下りながら身の引き締まる考え事の交錯する長い帰り道でした。

あたいが白虎たい。80

狛犬狛犬が家に迷い込んで来ました。名前は聞いても『阿~阿~』としか言いません。お座りはしますがお手はしません。犬にしては珍しい渦巻き模様があります。

きれいに洗ってあげようと思いますが虫にも食われているようですので薬も塗ってあげようと思います。

よーく見ると和紙の皮膚でできているところもあります。禊(みそぎ)をして手当てを頑張らねばと思います。人生も禊の連続かもしれません。逃げてばかりいると困ります。

狛猫狛猫が『吽』のポーズをとっています。キヲツケかもしれませんが、狛犬とは仲良くしているみたいです。

『おまえはいいな~。寝てばかりで』と猫に言う前に自分のわがままと自分だけはよかろうという贅沢に気づかなければなりません。

あたいが白虎たい。79

参上薪ストーブの煙突を工夫してやっとのことで設置しました。外の屋根にも梯子をかけ止め金具で固定して不足の部材は買出しに行ってどうやら冬の準備ができました。細かいところはあとで調整するとして明朝は初焚きをしてみよう。こんなことを話しながら夕ご飯を食べていると、ニャーがチェックのためか?梯子に登りはじめました。あららといっている内に最上まで登ってしまいました。捕まえに登ろうとしたら火打ちの梁の上に飛び移りました。降りれません。「にゃ~」と悲しそうな声を出しながら泣きます。降ろそうと手を差し伸べてもこちらに来ません。結局30分も鳴いていました。「降りきらんなら登るな」 と叱り飛ばしました。煙突の取り付けで何回も登り降りしてクタクタなのに俺のダイエット効果を狙っての仕業か?ありがたい飼い猫だ。おかげで体重が68キロ代に突入しました。しかし、腹周りがへこみません。誰か腹回りをへこませる良い方法を教えてください。

山野文福のヒソヒソ話54

くろいいぬ

非常にわかりづらい画像をアップしました。故意です。今日のヒソヒソ話しは本当にあったことを書いています。創作なしですので「冗談やろ?」なんて思う人はどうぞ。 あれは私が中学生か高校生だったと思います。夕食後、満腹であった私は外にでた。家のツボ(庭)から右に50m程はなれた小さな小川の流れているやや大きな道路まで細い道(自動車が1台通るくらいの)緩やかにカーブしながら降りている。中間くらいから隣Bへの侵入路が右上にあります。うちAと隣Bはならんでいます。小川の流れているやや大きな道を左に曲がるとオオカンバタといって県道に出ます。右に曲がると80m程先右に家Cが一軒、その先50m程に2軒とつらなるところです。散歩というか50m先の小さな小川まで行こうと歩き出した私はちょうど隣への侵入路を過ぎて5mほど歩いたそのとき家cの前の道を何か黒いものが走って来るのを見ました。真っ黒い野犬のようです。ギョッとした僕が驚いたのは20匹ほど集団で走っていたからです。僕はなぜかその犬達が自分の方に曲がってくるとわかりました。そのままオウカンバタの方に進むことも考えられたのですがなぜか僕のいる細い道に曲がるとわかりました。私はいつのまにか自分家に帰らず隣への道にひきさがりました。というより間に合わないと思ったからです。自分の方に来るかもしれない。噛み付かれるかもしれないと思いながら、棒立ちになった私の前を黒い犬達が私に飛びかかる様子もなく走りぬけて私の家の方に走っていきます。私の家は神社の右斜め下にあります。家の東側に境内への参道と鳥居があります、わたしの家のツボの入り口のところから参道まで細い道が折れ曲がりながら続いています。人が1人とおれる幅です。犬達はそこまでくる立ち止まることもなく一列になり細道を走っていき参道の道を駆け上がり鳥居を潜り抜け山頂の神社まで階段を駆け上がった行ったようです。わたしはすごい物を見てしまったと思い興奮の余りしばらく動けませんでしたが、走って家に帰りコタツでテレビを見ていた父、母に今見たことをつぶさにはなしました。父、母はニコニコ微笑ながら、「なんば寝ぼけたことばいよるとかいね」という感じで、《夢でもみよったつたい》と一言。相手にしてくれません。食いつかれんでよかったね!夢なんか見よらんと、説明しても信じる様子はありません。興奮した私と夜があるだけで他は何も変わりなし。私が見た統制された黒い犬の集団は一体何だったのか?神様の化身なのか、死神の使いか、悪の権現か今でも鮮明にふりかえるその出来事を通して私は何をしなければならないのか?考える毎日である。

あたいが白虎たい。78

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この前テレビを見ていたら凄く面白い猫が出ていた。あれには「負けたね!」あんなおかしな歩き方はできんし、突然の物忘れもできん。猫であるあたいも笑ってしまった。だって一番笑っていたのはこの人だし。「にゃーも何か面白いことしろー」と叫んでいたのはこいつだし。いじくりまわしたりぐるぐる廻すのはやめてくれー!

「いい加減にしろ!」

山野文福のヒソヒソ話53

tuki

昔、タクローの歌に「上弦の月だったね・・・・・」という歌詞があった。夜中に空を見上げると確かに上弦の月だ。月見るなんて久しぶりだね・・・・・・なんて謳ってる場合じゃないです。

しかし、上弦の月というのはこのような月を言うのではないということも耳に挟んでいた。

ルナ2

難しいことは抜きにして宇宙の神秘に感謝する時間としよう。こんな時間に目が覚めるなんて・・・・

子供の頃5才ぐらいだったと思うが88歳のじいちゃんと座敷に寝ていた。夢の中で夜空に浮かぶ半月がだんだんと降りてきた。「あららー」と言ってると頭上に浮かぶ月は畳の大きさぐらいまで降りてきた。だんだん降りてきて光り輝くぼんやりとした月には模様があった。目の前にゆっくり降りてきた月は僕の寝ている座敷の前の庭に横たわるように鎮座した。僕は目が覚めると飛び起きてしまい、縁側に走った。「月が落ちてきた。」と叫びながら座敷の縁側の板戸を押し開けた。そこには、いつも見ている石があった。なんだか、だまされたような感覚であったが、鮮明な気持ちだけは覚えている。すっかりそんなことは忘れてしまい30年が過ぎた今、僕はそれを束子で洗いながらこの石が月の化身であると信じている。