文福の日々重々仏々神々

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「こんなに忙しい時にせんたっちゃよかやんね」と いわれましても困るんです。子ども達もいそがしいんです。私も忙しいにきまっとるんですが、気晴らしというか、こっちの方が気合が入るというか、育てにゃいかんと思うと、つい乗り乗りになってしまうとです。昨日は久しぶりメンバーが揃いました。一人欠席でしたが我が久木原子ども会は11人ですが、「10年後の久木原をつくる」ということで子ども地元学を始めました。昨年6月のガードレール清掃から色々な取り組みをしながら、ご飯を食べながら、騒ぎながら頑張っています。今回は地区内の山口さん宅にお願いして、昔の道具探検と題して、色々なものを屋根裏で見せていただきました。コタツでおいしい緑茶をいただきながら、ご主人の話の後、外に用意してもらった、道具類を見せてもらっています。子ども達は写真係とメモ係り、質問係り、真似事係などを担当します。詳しくは更新しながら紹介しますが、私は子どもを教えるのは学校で、子どもを育てるのは地域であると思うようになりました。子ども時代に、地域で遊びにしろ、観察にしろ、ひとつの物語を形成できるか出来ないかで、大人になったときに、自分の中で比べる物差しを持っているか、そうでないかの違いが出てくるのだとおもいます。漠然と遊ぶことも必要でしょうが、意識付けて物事を体験する、見る、自分の感想を具体的に述べる、ということが、読み解く力を作るのだと思います。

なお・2月の下旬には山野文福堂のブログを立ち上げますのでそちらも見てください。

 

山野文福のヒソヒソ話61

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どうも自立神経失調症になったようだ。友達に相談したら、その症状はこれだよと教えてくれたのがこの病気。どこも悪くないんですが、調子は曇り空。こんな時は妙なめぐり合わせばかりで人生が廻っている。この前も登ってくる途中で消火器を拾うた。どこかのトラックから逃げ出したのであろう。その前はセメント20キロ袋を2つも拾うた。これもどこかのトラックから逃げ出したのであろう。袋が破れ道に両方ともこぼれていた。「妙なもんを拾うな」と想いながらゴミ袋に回収して保存しておる。まだ使えるじゃろ。この体の意味するものは何?自分のことしか考えられない愚かな他人をみながら、自分は何だ?偉そうなこといえるのか?と自問自答して、結局、自分もおなじじゃないか?と肩を落す。仕事は山積み状態と思っていたら、実は数珠繋ぎ状態だった。山積みだといつまで経っても終わらない。数珠繋ぎだと片方からやっつければ必ず終わる。人生も一緒じゃなかろうか?

日々重々仏々神々(ひびかさねがさねぶつぶつかみかみ)

                   ゆきのおぼろおおはしこれがテレビん出とったまこと橋ばい。」 突然管直人さんが来たのでびっくりしましたが、テレビはみんな見ているんですね。翌日から来るはずのないお客様がくるくる。「テレビば見てきました。こげなとこにこげなふとか橋のあっちゃ~しらやったですばい」 「ほんなこてだーれんとうりょらんですね」 まだ繋がっていないので地元の人しか通らんですよ。工事中です。「まだ、つながっとらんとの?ん~なら橋ばいったらどこさんいくですか?」通行止めになって集落に上がる道があるだけです。「ちょっと、橋ばみてくったい!あんたたちは役場ん人?」違います。「こげなよことこのあっちゃしらんやった。い~ぺ宣伝せにゃんたい。」お願いします。「夏はすずしかでっしょたい?」はい。3度くらいは違います。たゆやかな会話が続く毎日です。

 

あたいが白虎たい。82 今年最後

化粧前1

12月15日に例祭があり、旗たてがありました。世話役、座元の人、隣組などの方々が集って旗をたてます。「さて、神さんはどうなったかね?」と見にこられましたが、仕上げなど程遠い状態。脚がやっとはまって和紙を貼って乾かしています。

「お正月には神さんは一応楼門に入れといてくれんね。」宮総代からのお達しです。「修理は暇を見ながらせんね。なかなか大変やろう!」 返事はハイといったものの中途半端で納めるには行かず、せめて狛犬だけでも仕上げねば・・・・とあせるばかり。工面しているのは模様のこと、旧模様と一緒にするか新しいパターンするか考えながらの作業です。当時の人はどんな思いでこれをつくっていたのかと考えると不思議と配色が決まってきます。気品高くしよう!こんな思いから淡い模様にすることにしました。

気になるなぁ~

同じようなものが窓辺にいます。よく間違えます。にゃ~も少し感じているものがあるのでしょうか?

帰りたがっている神様の気持ちがわかるのでしょうか?

おんなじやね

修理した脚もバッチです。口の中も赤と橙の2色にしました。問題は眼だなと考えながら背中の模様を入れていきます。透きとおるような狛犬にしたい。淡い緑・黄色・淡いピンク・淡い水色・などで風車のような模様を描いていきます。

 

 

 

気品高く

どうにか完成です。あとは眼をどうするか?

あ~今日は眠れない。

 

 

 

 

山野文福のヒソヒソ話60

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久しぶりです。皆さん、楼門の改修は終わってしまおうとしているのに木像の修理はなかなか進みません。あせるというより、時間がないのでなんとか朝晩のあいた時間を修理に当てている次第です。こういうことは急がないことが大事です。気分の乗らないときは腕もうごきません。失礼な作業はできません。この狛犬さんもご覧の通リすっかり表面のペンキをこさがれ、木地の色がみえだしました。脚に腐れが入っているのがどうも気になるので、解体することにしました。

 

こまいぬ2脚のない状態でもすわります。昔の鍛冶屋釘と新しい釘が6本ほど打ち込んでありましたが1本は途中で折れてしまいました。ショックです。何とか取る方法を考えて残さないようにしないといけません。

脚は火曜日の休みを利用してつくりました。大きさ見かけ厚さなど見た目を合わせます。

 

 

こまいぬ3現存の脚に似せてつくります。木地はクスノキを使いたかったのですが良いものがありませんでしたので、栴檀(せんだん)から削りだしました。元の穴にあわせて打ち込み部分をつくり隙間は詰め物を削っていれます。ドリルで穴をあけ鍛冶屋釘を打ち込んで固定します。後何十年かしたら、誰かが解体するのでしょうか?そのときに困らないようにしてあげなくてはいけません。気になる部分があります。・・・・・・修理しようか迷います。

 

 

 

 

あたいが白虎たい。81

60ecd08a.jpgめっきり冬らしくなり朝日が差す東側の窓のありがたいこと、ありがたいこと。その窓にもロールカーテンが付きました。何でもチェックしてまわるニャーも早速登場。朝日をバックに映し出されるシルエットが影絵となり思わず家族で見入ってしまいました。このあとニャーはバックをしてくれました。猫はバックをしないから車にひかれると良く聞きましたがそれなり上手に後ずさりしていまいた。

山野文福のヒソヒソ話59

楼門1

上の楼門も改修中です。土台が腐れているので持ち上げて、コンクリートの土台を作るそうです。土台が上がる分だけ、腐れた土台、柱を切るそうです。何と楼門の中には大きな岩がいっぱい入れてありました。台風で飛ばないためだそうです。昔の人はすごいです。

クレーンが来て吊り上げます。瓦が重たいので全部取り除きました。はたして持ち上がるでしょうか?ウンウンいいながらクレーンも頑張っています。土台が地面から離れません。大工さんが右往左往しています。

楼門2

鋸を取り出して柱の下の方を切っています。合図が送られクレーンがうなりだしました。楼門が飛んでいます。90度回転して、無事着地しました。明治13年建立ご苦労さん。

和紙の願い事を申し込まれた皆様には何らかのプレゼントをしようかなと思っています。修理しながら考えていますのでまっててください。申し遅れましたが和紙の願い事は8枚一セットで80円です。

 

 

 

山野文福のヒソヒソ話58

痛くない?

昨日からきれいにふきあげていったので今日はわらべ館に行く前に塗装はがしをすることにした。この阿吽の吽犬だが脚が腐れているので要注意。顔などは和紙を貼ってある。当時はどんな色だったのかわかればいいが、昔から白だったのかな~。金ブラシでこすって塗料をはいでいこう。『痛くない?』と吽犬がつぶやくが

きれいになるけんがまんしとき~。和紙をめくるとなにやら文字が書いてあるどうも明治13年に楼門を新築した時に和紙を貼って色を塗ったようだ。和紙の文字が木版になっているが結構精密だから大昔ではない。どんどん削っていたらお尻のペンキの下から文字が出てきた。 「これだ!」

制作年代真ん中は奉寄だから多分下は進だろう。        左は原口喜??読みきらん。樋口幸七だと思う。  右は年表ひっぱりだして安永四未正月 つまり1775年の制作ということだ。守護の神様が1800年だから25年も狛犬が古いことになった。わたしはてっきり一緒に作ったのだろうと思っていたが、歴史は深い。昔は狛犬しか置いてなかったのかもしれない。うちの家系図では安永時代は甚衛門というじいちゃんの時代になっている。どう見ても甚衛門にはよめない。しかし、近い親族であろう。生きてきた証を実感するのは不思議な気持ちだ。脚は新造したほうがよかろう。楠の木を探しに製材所にいこう確認用

山野文福のヒソヒソ話57

吽こちらが吽の木像です。子どもの時は徳川家康だと思っていました。頭の髪の毛が白いのでそう思うのです。そのように、聞いたようなきがするからです。言い伝えかもしれません。これを奉納した当時の氏子の方達の思いはどうだったのでしょうか?案外、家康と信長との組み合わせを楼門の守護として彫氏に頼んだのかもしれません。ロマンですね。しかし、もっと調べれば大昔の例えばタケノウチノスクネであるとかの可能性もでてきますが・・・・・。 この木像には和紙が貼ってありその上から彩色してあります。私も同じように和紙を貼るつもりですが折角なら願いごとを書いて補修と願掛けをするのがよかろうと思います。ご希望の方は和紙を送りますのでメール:     ふるさとわらべ館
電子メール アドレス :
  info-warabe@joyo-town.jp

に 「和紙の願い事」 とタイトルをつけて送信下さい。参加料金は80円とし切手を1枚同封ということにします。皆様の願い事が叶いますように。苦しみが半分になりますように。心の穢れが澄み切りますように。私も精進します。

なほ、コメントでの応募はご遠慮下さい。

 

山野文福のヒソヒソ話56

阿

我が家に居候中の阿形の番兵さん。子どものころは織田信長だとか豊臣秀吉だとか言っていました。制作時代は寛政14年だったと思うので西暦1804年ぐらいかな?ちょうど200年前の木像になる。僕が子どもの時6才か7才のとき2人のおっちゃんがこの木像を出して塗りなおしているのを覚えています。余りに極彩色に塗りなおされた木像も見て何か神様に悪いことをしているような気分になったことをかすかに覚えています。今回私の家に鎮座しているということは私に清掃・補修・塗装の白羽の矢がたったわけでありまして・・・・それも田舎のおおらかさで・・・・『あんた芸術家やったの~』 『そんならこれば塗りなおしてくれんの~』 みんさん『そりゃえ~!』 できまった次第。ちょっと楼門の改装工事を見に行っただけなのに。外に置かれていた木像を珍しがって見ていただけなのに。きっと塗装の項目などは予算になかったはず。しかし、神様が『お前に頼むぞ』と言ったように聞こえもした。うれしい思いで抱えて帰ってきた。狛犬は2対。1対は室町時代のものと思う。しかし、私のような素人が簡単にやっていいものなのか?この番兵さんをみると『お願い申す』と言っているようにもみえる。・・・・つづく古い狛犬

 

古い狛犬 後から見た処。髪が丸い玉のようになっている、ギリシャ彫刻にも似ているのは不思議だ。