あたいが白虎たい。60

『みんなと道草する野たの鹿倍』 『見つけるのは負けるばってん、捕まえるのはあたいのほうが上手倍』 「当たり前やろもん。おまえはネコやんか。」『兄妹やけんそげな違いは無かろうもん』 『全然違うばい。ニャーには言うてもわからん、学校にいきょらんめーもん』 「あッ!カエルだ!」 『どこ?どこ?ほんとだ捕まえろ。」 『(ピョーン)。つかまえた。』 「でかした。ニャー。おれにやれ。」 『イヤだね!自分でつかまえんね。ピューッ!!(走り去る)』 「ニャーがカエル持って逃げたぞ~。捕まえろ」 

観察中 『お前達なんかちがうっちゃない!」 

子どもにとって道草とは「おまけいっぱいの道」をさがし、楽しむことであります。 「おまけ」という感性をなくさないことを子どもに望む親の気持ちも大事でしょうが、さらに読み解いて欧米化の価値観に対するモノサシにしてほしいものです。  大きな世界に出て行く事がいかにも素晴らしいことのように表現される現代に生きて、そこら辺りに見守る、育てる、関わりあうをもつ、大人の役割りもあるのではないでしょうか?地域(景色)が人を育て、心を育てる。子ども地元学は6月のガードレールの清掃からスタートします。白いガードレールの景色を焼き付けて育ってほしい。自分達が地域の景観を守っているという意識を持ってほしい。そういうところから「個」も変わるのではないでしょうか? 

堅苦しい話になりました。次回はアメガタの続きにします。

あたいが白虎たい。59

学校にはいかれんぞ侑ポンとの兄妹喧嘩のあとは学校へ行く準備をしています。これは教科書がちゃんと間違いなく入っているかニャーがチェックしているところです。

『このまま、学校に連れて行ってくれんね』

『何場いよっとかジャン。毛のつくやんか。はよ出らんか』

『この狭苦しいところがよかっちゃんね。昔はすっぽり配慮っ田語たるばってん』 

『入れていって、学校に連れていかんね。』 『いやッ!』

「我が家はこのニャーのおかげで随分変わった。ネコがこんなに賢いとは思わなかった。捨て猫の中の一匹を貰い受けたが、当時、家で1人で留守番をしていた年老いた父の話し合い手と添い寝の役目で父も随分元気をとりもどした。名セラピストというべきものか、また、ネズミがいなくなったことも確かだ、よそのうちの分まで捕獲せんでもよかろうにと思うが、習性は仕方がない。父の一周忌にはみんなの横をゆっくりすり抜けて坊さんの横にどってり坐りお経を聞いていた。提灯にいたずらしないか心配だったが見事お盆中は無傷のまま仕舞うことができた。掛け軸などはあれほどいたずらしていたのに。わかっているとしたら恐ろしいことだ。     私に対する態度と他の家族に対する態度は違う。ネコの中では位がついているようだ。1番尊敬されているのが、私。友達のように思われているのが侑ポン。家内は完全になめられていて、カミツキ、飛びかかりの的になっている。散歩はどこまででもついてくる。つかず離れずついてくるが、どうして自分達だけで行くのか?という感じだ。自分で道草して(獣道などに侵入する)姿が見えなくなると、泣き声を上げてさがしている。犬がいるところは人間の近くにより、いないところは離れて歩く。鎖につながれている近所の犬の前などは相当なめられている。狂ったように吼えまくる犬の1mほど前を「あばよ」である。あれだけ吼えられると人間でも怖いのに。一体、ニャーお前は何なんだ。

中川原という地名が近所にある。この前道草で子供達が廻ったところだ。もちろんニャーも一緒だったらしい。侑ポンが川が二つ流れて間に島ができたので中川原の地名になったのではと質問してきた。この前、「どうしてこの地名になったかしっているか」ときいたら、昔、中川原治部という人の領地だったからと自分で説明しよったのに今日は、新説かい。 「中川原治部がすんどったっちゃろもん」 そうかそうやった。「何ですんどらしたと?」 「治部は昔の・・・」 「それば今度調べるっちゃろ」 「そう、子ども地元学たい。」 「おまけいっぱいの道草ばい。」 「足元を勉強せんば、比べるものがなかろうが、自分がどこの誰で、どんなところに住んでいて、どんな歴史や暮らしが営まれてきたのか、自分の周りを埋め尽くすことは大事っちゃないと。田舎には何もないじゃなくて、田舎には何があるか、調べることはきっとためになると思うけどなぁ」 「僕、みんなと頑張る」 

 

 

あたいが白虎たい。58

 あたいが白虎たい」も60回近くになりました。20回のつもりが50回になり、60回で本当に終わりにできるか心配です。今日も朝から我が家は兄妹喧嘩。どちらかというと逃げ回る兄に対して、襲い掛かる妹という場面が多いようです

コラー待てー『コラー!待てー!!

「おとうさん助けて~ニャーがおこっとる!」

「ん~

 

そっちはにげられんぞー『そっちには逃がさんぞー!』  「おこっとるばい。おこっとる~」           「もうやめんか~」

『ガブッ!』 「かまれた~」

大体、猫は自分の思うようにしか行動せんのじゃないかな? ウチのニャーはどうも兄妹のように喧嘩をしているように見える。飼い主と飼い猫という関係ではなさそうだ。家族の1人(一匹)としての自覚があるとしか思えない。

山野文福のヒソヒソ話40

先日、館長の所に立命館大学の先生がやってきた。4年前ぐらいからの知り合いだが、その先生は、子どもの道草について研究している。僕としても大いに興味のあるところだ。館長はどうでもいいような感じで対応して、一緒に外出してしまった

地域をみる2

次の日、先生はまた、わらべ館にやってきて侑ポン達を車に乗せてどこかにいってしまった。「どこにいったんですか?」 「俺の家の近くで侑ポンの案内で道草するげな」 「へ~良く侑ポンがいきましたね」 「いくくさ。 道草なら子どもは喜んでするやろもん。宝探しと一緒たい」

大学の先生の本によると道草には子どもの成長に欠かせない様々な要素が含まれているらしい。予定時間を大幅に過ぎてやっと帰って来た。

地域をみる楽しかったらしい。先生が開口一番。

「こどもが『おまけいっぱいの道だ』と案内してくれました。良い表現ですね。わらべ館効果は大いに出ていますよ。うらやましい感性を持った子ども達でした。

たくさん写真とりました。ありがとうございました。」

館長曰く

自分の住んでいるところの水の行方を調べてみるのもおもしろい。お年寄りに話しを聞くのもおもしろい。

そうやって自然の仕組みと人間との関わりを読み解き自分の価値観を育て、自分が何者であるかの物語を作っていくのだ。オゾン層の破壊や地球温暖化の話は誰でもできる。そこに大切なものは何も隠れていない。国際人になる前に足元をみよ。調べた者にしかわからないんだよ。

あたいが白虎たい。55

                beddoinn値はいつもは夜なか十、エコンザイムがり場しょっとばい。しかし、いっちょん、と連と肝もある。そげナ時は鹿反仲権、ねるっ対。朝帰りち言わすばってんか、夜間勤務はねこの勤めたい。あー温かい布団は機もちん余暇ね~。よーあんたたちは焦げナ格好でねきるね?あたいもいっちょためしてむーかね!』

山野文福のヒソヒソ話39

あめがた

アメガタのコメントを頂きました。

アメガタ=祖父です。歯医者さんから
歯の詰め物が とれるからアメガタは、
食べない方がいいと 言われても祖父は、
アメガタを、好きでよく食べていました。
アメガタの中に 黒砂糖が入った物も          ありましたよね!?
 アメガタのまわりは、きなこだった様な記憶?のこくずだったんですか???
 出産の時 母乳がよく出るようにとアメガタを貰った事もありました。
 懐かしい!アメガタは、九州でしか
見かけないのが 残念です、物より思い出と言うけれど、物=思い出の事もありますね。忘れていた事だったけど、このブログで思い出しました。ありがとう!

このコメントで出産の話が書いてあるけど知りませんでしたので調べました。
アメガタは滋養・強壮・産前産後の栄養補給に良いというようなことがわかりました。あんな甘い物がどうしてと思いましたが、砂糖の甘さではなく麦芽を使った甘さだから身体に良いということです。
コメントをくれたお祖父ちゃんの入れ歯が取れないか心配していたメモリーさんありがとう。ノコクズの話は次回に。

黒砂糖入りこの袋の右下に見えている黒いところが黒砂糖がはみ出している部分。口の中に一個放り込むと、甘い中になぜか黒砂糖の強烈な甘さが溶け出して、宝箱の中に玉手箱を見つけたような幸せな気分になりました。

何かおかしな表現ですか?

あたいが白虎たい。53

ニャーの朝は遅い。必ずに起される。『にゃー!おきらんね!』 『パチリ』

「ムニュ。むにゅ。マブシかばい」 『にゃー!起きれ!!!』 

「ねむタカ倍、眼が阿寒」 

『写真撮るぞ!ハイ!カツオ』 『パチリ』

 「この紐はなんね?」 『パチリ』

寝ぼけ1

 

 

 

 

 

 

 『寝ぼけ猫かお前は』 『パチリ』 

『顔荒尾っと。ペロペロぺ~ろ」 『パチリ、パチリ』 

「は~!!ねこは良く育つ」 

『ん?はて?そりゃ、ねるこは良く育つじゃろうもん。(る)はどこさんやったつか?』 「布団の中かも試練倍見てくる対。」

 『おきらんか!~漢字の練習でもしとけ~』